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年明けて

2010年になってはや半月。
最近は毎日稽古やら何やらで帰宅が11時をまわる。
その時間でも唯一開いている24時間営業のスーパーで半額になった弁当を買い、夕食をとる。
そういう状況なので、なかなかブログを更新する時間がない。
ま、言い訳なのだが。

さてこの間に「憲法ミュージカル2009 ムツゴロウ・ラプソディー」の公演が終了しているのだが、それについてはいずれまた機会があれば書くかもしれない。
新しい舞台に飛び込んで無我夢中で駆け抜けた一昨年の『ロラマシン物語』と比べると、ムツゴロウでは色々なものが見えて来てしまい、不信感や疑念に取り憑かれ楽しむことが出来なかった。
その対象に打ち込めば打ち込むほど、失望した時の穴の大きさもまた大きい。しかしいつまでもその穴を眺めているわけにもいかないだろう。穴といっても所詮僕の脳細胞の中の微電流の営みに過ぎない。ハイチを襲ったような巨大なエネルギーとは比べるべくもないのだ。

さて、そんなわけで(というわけでもないのだが)、年明け早々2本の舞台に出演する。
それについてはまた次項で。
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近況報告

久しぶりなので近況報告を。

今年の2月、10年間住んだ目白のマンションから大宮に引っ越した。
なぜ大宮かというのは、カミサンの家族が近くにいてカミサンにとって便利がいいからだ。
僕は今勤めている叔父の会社に両親が出入りしているから、別に家まで近くに建てる必要はない。

手を伸ばせば高崎線の電車に届くほどの線路の真横に、格安の土地を購入し、そのぶん家は贅沢に作った。
もっとも、設計その他、家のことはほとんどカミサン任せだった。
僕は書斎兼スタジオが欲しい、というだけである。
家の中で鏡に向かってピルエットの練習をして、バランスを崩しても壁や家具と激突しない程度の広さがあればいい。
あとはタップを踏んだりギターを掻き鳴らせるような防音性。壁を全て本棚にすれば、防音効果もあるだろう。
しかし防音スタジオではないので音はやはり外に漏れるが、元々線路の真横でうるさい場所だから、多少は大目に見てもらえるだろう。

…今日現在、この部屋はまだ荷物が片付いておらず、スタジオとして使ったことは一度もない。


最寄りの駅は大宮から「ニューシャトル」という名のモノレールで一駅の「鉄道博物館」だ。大宮からバス便もある。
自転車なら大宮まで10分くらい、歩けば30分はかかる。

職場の渋谷までは埼京線で通っている。朝は大宮の隣りの日進から各駅停車に乗ると、大宮で人が降りた隙に座ることが出来る。
7時に家を出て、帰りは8時ころだ。

通勤に往復3時間以上取られてしまうので、その分自分の時間は減った。
最初は電車の中で一生懸命本を読んでいたが、最近は眠ってしまっている。

仕事は業界が不景気なので、まあ暇と言えば暇なのだが、仕事が無いというのは精神的にはよろしくない。
体力的に頑張れるうちに頑張って、早く住宅ローンを返してしまいたいものだが、今のところ見通しは暗い。


今参加している三多摩の「憲法ミュージカル」は、稽古が土日のみなので遠いが何とか通えている。
カミサンからは「休みのたびに家のこともしないで遊びに行って!」と冷たい目で見られている。
ホントに、念願のマイホームは手にしたものの、家のことや自分のことに使える時間は非常に少ない。

そうして先日、41歳になった。

ちなみに今日は10年目の結婚記念日だった。
10年前にお祝いしてくれた皆さん、どうもありがとう、これからもよろしくお願いします。
またいつでも遊びに来て下さい(遠いけど)。

昨日の訃報

松本サリン事件被害者の河野義行さんの奥様が昨日、亡くなられたそうだ。
事件以来14年と8日間、意識不明のままだった。

河野さん一家を襲ったサリン事件と警察・マスコミによる冤罪事件は、10年前に埼玉の憲法ミュージカルの第5回目で取り上げられた。この作品があまりに重苦しくて観ていて疲れてしまい、僕はその後埼玉の憲法ミュージカルから遠ざかってしまった。(田中カントクがまた一念発起して「あれを再演する!」とか言い出したらどうしよう…)

しかし今この訃報に接して、やはりあの舞台を思い出している。あの公演に関わった多くの人たちも、また同じだろう。あれから10年・・・。出演者たちにとっての10年はどういう日々だったのだろう。河野さんは「私にとっての松本サリン事件が今終わりました」と話された。

いつの日かTVのニュースで、「日本軍「慰安婦」の、最後の1人が亡くなった」という記事が流れる日が来るのだろう。それもそんなに先のことではない。
そのとき「ロラマシン物語」のお客さんたちは「そう言えばいつか、そんなミュージカルを見たっけなあ」と思い出してくれるだろうか。
そのとき歴史教科書に「従軍慰安婦」という言葉は記述されているだろうか。
そのとき日本とアジアの国々との関係は・・・そのとき憲法9条は・・・。


未来は、まだ全くの白紙だ。
人々と手をとりあって、切り拓いて行きたい。

さんたまの憲法ミュージカルは、来年にむけて少しづつ動き始めた。

英雄にあこがれて

先日、立川の公演を支えてくれた「平和をめざす戦争展」の実行委員さんたちとの懇談会に顔を出してきた。渋谷の山手教会の「平和のための戦争展」に触発されて、5年前から立川でも毎年夏に開催しているそうだ。僕は実家が渋谷だったので山手教会の戦争展が始まった80年代、僕は10代半ばだったが、何度か見に行っていた。

この日の出席者のほとんどは50~60代以上の方だった。公演の動員で大きな力を果たしてくれた各地の「9条の会」も、年配の方々が支えている。
最近では「反貧困」というような自分自身の現実生活に直接関わる問題や、派手なパフォーマンスの中で自分の存在を確認しあえるようなものには若い世代も食いついてくるが、この「戦争展」のような極めて地味な活動は、若い子たちにはあまり魅力が感じられないのだろうか。

僕は親の思想の影響もあって「戦争に反対する」「命を守る」「弱者の立場に立つ」ということに対して特に疑問を抱かずそれが当然、自明のことだと思って生きてきたが、今はもうそれでは平成生まれの子供たちには通じないのかも知れない。
平和な状態しか知らない子供に「平和の大切さ」とか言っても実感がわかないのはある意味当然のことだ。同じ意味で僕自身も実は分かっていないのに分かったような顔をして生きてきた。自分の言葉や体験に置き換える努力を怠ってきた。その結果として、人に伝える言葉を持っていない。

しばらく前に、「なぜ人を殺してはいけないのか」という若者たちからの問いかけがTVコメンテーターらの頭を悩ませていた。
同様に「なぜ死んではいけないのか」「生きていくことに何の意味があるのか」「なぜ自分や他人を大切にしなくてはいけないのか」という問いにどう答えればいいのか?大人たちが用意する、いかにももっともらしい人を煙に巻いたような答えでは、子供たちは説得はされても納得はしない。結局のところ自分が生きていることに対する実感や充実感が持てないのだろう。それは家庭や社会が悪いのか、それとも「自己責任」なのか。

しかしそんな生きている「実感」とか生きる「意味」とかいうものも、「青い鳥」と同じように探し求めても見つからないものなのかもしれない。「自分探し」における「自分」というものもまたそうだ。今あるこの自分ではない別の「自分」なんてものが、いつか見つかるのだろうか?


僕はと言えば、10代のおわりころブルーハーツに出会ってから、ほとんど成長していないみたいだけど。

「あんまり平和な世の中じゃカッコ悪すぎる
 ああ 宣戦布告 手当たり次第
 惜しまれながら死んでゆく 英雄にあこがれ」
          ―――「英雄にあこがれて」

道化の視線

先週の日曜日、山梨でのこの「ロラマシン物語」の最終公演を観に行った。
僕の興味・関心は専ら「この作品がお客さんからはどう見えるのか?」ということだ。だから努めて客観的に見ようとした。隣で東京メンバーのM氏はずっとボロボロ泣いていたが、僕は山梨の出演者に自分たちの姿を重ね合わせたり感動の記憶を呼び起こそうとはあえてしなかった。自分の知り合いが出ていたりするとついつい演技ではなくその人柄や努力を見てしまうのだが、今回は知らない人ばかりだからその点も冷静に見ていられた。自分たちが無我夢中で演ったものを他人がまた同じようにやり、それを客観的に眺めることが出来るという経験は面白いものだった。

カントクが衝撃を受けたという大阪版の舞台は見ていないのだが、この山梨版の舞台は僕らが演ったものとそう違わないように思えた。セリフなどはより分かりやすく丁寧で明晰になっていた。これが一応の「完成版」と言っていいのではないか。

日本軍の戦時中の残虐行為や、元「慰安婦」たちの日本政府に対する訴えは、知らなかったことではない。僕にとっての空白は戦後から80年代くらいまでの、「胸にナイフが突き刺さったまま」生き続けた女性たちの苦しみと、民族の独立を求めたフィリピン民衆の誇りだった。
アキノ革命の5年後にはアジアで唯一自国から米軍基地を撤廃させた(アメリカはそのツケを沖縄へ回すのだが)。アキノ革命ではデモの先頭には必ず修道女や花を持つ女性たちがいたそうだ。それによって兵士たちは自国の民衆に銃を向けることの誤りに気づき、無血革命が成功した。と本には書いてあった。

山梨の舞台で僕が最も心をひかれたのは、障がいを持つ出演者たちをその脇でさりげなくフォローする姿だった。
客席に向かって必死に「自分の想い」を表現しようとする姿より、さりげなく彼女たちを気遣う姿のほうに、ずっと心を動かされた。というよりそれこそが僕の見たいものだったのかと、気付かされた。一人ひとりの強い主張よりも、自分のことより他人を助けようとする、人が人を思う気持ちこそが、見る人を感動させるのか。
翻って見れば僕らは5ヶ月間の稽古を重ねてきたが、お互いを本気で助け合い、支え合うような関係が築けていただろうか。自分の演技を捨てても他人のフォローにまわることが僕に出来るだろうか。むしろ人に構わずに自分の演技を死守しようとするのではなかろうか。死守するほどの大した演技をしているわけでもないのに。


この作品が舞台作品として成立しているのか、特に女性が繰り返し強姦される屈辱が舞台表現になりうるのか、そんな疑問を僕はずっと持っていたので、観客の立場からそのあたりを見究めたいと思って見ていたが、しかしその答えは最初から自分の中では決まっていたのかも知れない。舞台上に「真実」を感じようと、想像力を働かせようと努力はしたが、やはり僕には難しかった。ダンスも歌もコトバも、その激しさ強さゆえに、どこかで違和感を感じてしまう。これらの「行為」については、ただ静かな言葉で表現してくれた方が僕としては想像力を働かせる余地があったかも知れない。「絵」で見せられると、色々余分な疑問符が沸き起こってきてしまう。いや、それは分からないものに対して分かったふりをしていた自分自身に対する違和感や疑問符を、目の前の舞台に投影して見ていただけかも知れないが。

終盤の女性国際戦犯法廷でのトマサさんの証言を、僕は女優さんの声や肉体は捨象して、文字を読むようにして聞いていた。もうこの世にいないトマサさんが遺した言葉を聞きながら、そのことの意味を考えていた。
僕にとっての唯一のリアルは、同じ苦しみを持ちながら生きている人がまだいるということ、つまり「持続する苦しみ」だ。そしてのうのうと貪り生きている自分という欺瞞的存在そのものだ。
しかしそこには深入りせず、舞台は一変して「天上の世界」になる。トマサさんという人が日本政府を相手に孤独な戦いをしているということも知らないまま、何の手も差し伸べずに見殺しにした僕らだが、戦争と日本政府を断罪することによって贖罪を受けようとする。ラストの壮大で聖なる儀礼によって、観客と僕らの内なる罪は清められたのだろうか。
ブルーハーツなら「キリストを殺したものはそんな僕の罪のせいだ」と歌うだろう。
(この「尊厳」の歌のときにカワイ君の道化という異物が闖入することに、東京では相当異論があったそうだ。僕は見えなかったので気にも留めていなかったのだが、それなら全員白塗り公家眉の道化として出ればよかっただろうかと思った。僕らもどこかで自分が愚かで無謀な「道化」の仲間であることを覚悟しなければ、この物語は演じられないと思ったのだ。)


思えば、僕はこれまでずっとこの物語の表現しようの無い悲劇も崇高なテーマらしきものも、自分には到底表現出来ない、こんなことはお芝居には出来ないと悩んでいたのだが、最後の最後にカワイ君の道化が加わってくれたおかげで、自分の中ではひとつのお芝居として、納得することが出来た。
カワイ君とコウスケ君2人の道化と幼い天使が、この物語の「見世物」としての枠組みを与えてくれた。それは神々から見た、人間世界の悲劇喜劇という見世物だ。結局自分もその見世物の中の一人の道化にすぎないと思えば、「平和」とか「正義」とか「尊厳」とかのメッセンジャーとして背伸びしなくてもいい。もともとチャップリンや寅さんのような道化者に僕は憧れているのだ。

これまで僕は必死にトマサさんの思いを掴もうと、その苦しみに身を寄せたいと努力してきた。しかしそれは永遠の片思いで、強く思えば思うほど相手と自分との隔たりばかりが意識され、ありまさんもトマサさんも逆に遠ざかって行った。
道化ダンサーの闖入は、観客の主人公への感情移入を阻害し、目の前で行われていること全体の「意味」を考えさせようとする。ブレヒト演劇でいう「異化効果」の役割を果たす。少なくとも僕にとってはそうだった。トマサさんを神聖化し絶対化しようとしていた僕の思い込みを、道化が滑稽に笑い飛ばしてくれた。道化が徘徊するこの舞台空間の上で、道化の視線が描き出すものは愚かで可笑しく哀しい「人間」の姿だ。主演女優も、僕らも、そしてトマサさんも、この愚かでちっぽけな人間の一人に過ぎない。「尊厳」なんてものがあるとしたら、この愚かさの中にこそそれはあるのではないか。寅さんが「自分の醜さを知った者はもう決して醜くないのだ」と言ったように。
まあ道化に逃げ込むことによって自分の欺瞞性を開き直ろうとしているのかと指摘されたらその通りなのだけど。

そういうことも含めて僕は今回のこの作品は、「正しいものは正しいのだ」といった傲慢な教条的プロパガンダ演劇の枠組みを超えた作品になったのではないか、「憲法ミュージカル」に新しい歴史を開いたのではないかと、そんなことをぼんやりと考えている。

疑問符

今日はいよいよ大阪で幕が開く。
初日のチケットはほぼ完売だとか。

今日は稽古は無く、立川九条の会の記念講演会でのステージ出演。
先週の稽古で、今日歌う「Forgive But Not Forget」の間奏部分(本番では主役の男性のソロが入るのだが彼が不在のため)、何か言葉で語れと、指名されてしまった。「なんで俺がそんな難しいことを~?もっと若い子や、もっと大人の人がいるだろうに」と内心思いつつ、自分も段々そういうポジションを担う役回りになってきたということなのか。

さて一体何を言えばいい?
僕は正直この歌はそれほど得意じゃない。この歌を歌うたびボロボロ泣いてる子もいるけど、僕はちっとも感情が込められない。もちろんこの歌は感傷に溺れる歌ではない。日本が戦争中したことを「許そう、だけど忘れない」という、アジアの人々からの声。カントクの指示では、この歌では我々はアジア人の立場に立って、観客である日本人にその思いを届ける、ということだった。
この歌の持つ「反戦・反省」のメッセージの強さゆえに、これまでも何度かプレ企画の舞台で歌ってきた。しかしいつも歌っている自分に対して空々しさを感じているのだ。
音楽のMatsunobu先生の言葉ではこの歌は「覚悟」を歌う、ということだ。自分に「覚悟」が無いとは思わない。しかしその覚悟を他人に伝えて共感を得るのは極めて難しいのではないか。そこに押しつけがましさや教訓くささがあったら聞く人は引いてしまう。
昔岡林信康が「信じたいために疑い続ける」と歌ったが、僕も信念や覚悟というものよりむしろ疑問符ばかりを抱えている人間だ。その疑問符をこそ、人と共有したいと思っている。


教えて下さい
あなた方の 優しいほほえみの 奥深くにある 悲しみを

私の国は あなた方の国で 何をしたのですか
あなた方を どれだけ 殺したのですか

教えて下さい
あなたが生きたくても生きられなかった未来で
あなたはどんな夢を持っていたのか
戦争なんてない平和な祖国を きっと

私たちはどうしたら許されるのでしょうか
この国に生まれて 何も知らないまま ただ生きている
どうしたら 私が私自身として あなたのために涙を流すことを 許してもらえるのでしょうか

もう一度 あなた方と 出会いたいのです
国を背負い 国を越えて 歴史を背負い 歴史を越えて
共に生きる 未来のために

男たち

今回の舞台ではラストナンバーで、中央の女性を取り囲んで男性が踊る部分がある。
ラストで男たちが踊るというのは、埼玉から続く憲法ミュージカルの歴史の中でも無かったことらしい。
先日の稽古で振付助手の方からお話があったのだが、今回ここに男の踊りを入れたのは、それなりの意味があるのだとのこと。
この舞台で男性たちの大きな役回りは、殺し、犯す者としての日本兵役だ。
しかしそれは男性の本来の姿ではない。このラストのナンバーで、男性たちを女性と共に生きる本来の姿に回復させる、という希望をこめたそうだ。

男の本来あるべき姿というのはどういうものなのだろうか。「強く、優しく、たくましく、女性を守る」ということなのか。
およそダンスの振付で男の踊りといえば勇猛で力強いものだ。女性の踊りは優しく柔らかい。舞台で人を担ぎ上げたりする力仕事も男の仕事だ。
とすると男はやはり「力」なのだろうか。確かに男の方が筋力はあるわけだし。力が無ければ、女性を守ることも出来ないと、みんなそう思っているかもしれない。

男は自分より弱い女性は「守ってやりたい」と思うが、自分より強い女性は敬遠する。
「守る」ということは、「自分の支配下に置く」ことと紙一重だ。

「女性を守る」ことと「女性を犯し我がモノにする」こと。
女性から見れば正反対のようなこの2つの行為の壁も、男からすればひとつながりのものではなかろうか。

人間は動物ではあるが、動物とは違う。男女平等という近代人が作り出した理念は、確実に普及しつつある。
しかし僕自身の人生という短いスパンの中で、僕はこのジェンダーの壁を乗り越えることが出来るのだろうか。

「守る」ことが「支配する」ことにつながるのは、国と国の関係でも同じだ。
日本はアメリカに「守られている」のか、それとも支配されているのか。
21世紀、世界は「力」によって支配される様相を呈してきた。
「力」と、それから「カネ」だ。
力も金も無い者は、一体どうすればいい?

トマサさんは、力にも金にも屈しなかった人だったのだろう。

舞台の値段

昨日の出演者とカントクの議論を聞いていてふと思った。

僕らの住むこの社会ではものの価値は全てカネによって測られる。
僕らの作るこの舞台の価値も、また然り。
お客さんは見終わった後で、この舞台が2500円というカネにたいして「高かった」か「安かった」かという2者択一をするのだ、間違いなく。
主催者は、価格設定をする際に、この舞台の券がいくらなら売れるのかを考えて、値段をつける。演出家他スタッフは、その値段にふさわしい舞台にするように知恵と力を出しあって努力する。

しかしよく分からないのは、僕らの舞台の「価値」を決めるものは、一体何なのか?ということだ。
それは100人いれば100通りの考え方があるだろう。自分の人生の価値を決めるのは何なのか?という問いと同じように。

僕はひとりの出演者として、この舞台に対して、どれほどの価値を付与することが出来るのだろうか。
踊りの上手い人は踊りによって、歌の上手い人は歌によって、この舞台の芸術性を高める。
しかし歌や踊りは目的そのものではない。主題をより効果的に伝えるための手段だ。

自分が初めて神奈川の憲法劇を観た時に受けた感銘を、今度は舞台に立つ側として、数千人の観客に伝えたいと、願っている。
それは、舞台一杯に立つ「人々」の、決意の力強さ、真っ直ぐさ。
数多くの命の犠牲から生まれた憲法の精神を受け継ぎ、未来を切り拓いてゆく主体者として生きるということ。
日常生活では色々と悩み多き僕らだけど、舞台に立つと舞台の神様から(実際には演出家からなのだが)魔法をかけられて、自分自身ではないような勇気と決意が体にみなぎってくるから不思議だ。

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