2017 . 06 « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 » 2017 . 08

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

舞台の値段

昨日の出演者とカントクの議論を聞いていてふと思った。

僕らの住むこの社会ではものの価値は全てカネによって測られる。
僕らの作るこの舞台の価値も、また然り。
お客さんは見終わった後で、この舞台が2500円というカネにたいして「高かった」か「安かった」かという2者択一をするのだ、間違いなく。
主催者は、価格設定をする際に、この舞台の券がいくらなら売れるのかを考えて、値段をつける。演出家他スタッフは、その値段にふさわしい舞台にするように知恵と力を出しあって努力する。

しかしよく分からないのは、僕らの舞台の「価値」を決めるものは、一体何なのか?ということだ。
それは100人いれば100通りの考え方があるだろう。自分の人生の価値を決めるのは何なのか?という問いと同じように。

僕はひとりの出演者として、この舞台に対して、どれほどの価値を付与することが出来るのだろうか。
踊りの上手い人は踊りによって、歌の上手い人は歌によって、この舞台の芸術性を高める。
しかし歌や踊りは目的そのものではない。主題をより効果的に伝えるための手段だ。

自分が初めて神奈川の憲法劇を観た時に受けた感銘を、今度は舞台に立つ側として、数千人の観客に伝えたいと、願っている。
それは、舞台一杯に立つ「人々」の、決意の力強さ、真っ直ぐさ。
数多くの命の犠牲から生まれた憲法の精神を受け継ぎ、未来を切り拓いてゆく主体者として生きるということ。
日常生活では色々と悩み多き僕らだけど、舞台に立つと舞台の神様から(実際には演出家からなのだが)魔法をかけられて、自分自身ではないような勇気と決意が体にみなぎってくるから不思議だ。
管理者にだけ表示を許可する

トラックバックURL
http://onodadai.blog18.fc2.com/tb.php/14-0454fdc6

  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。