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合宿翌週

先週の合宿以来ずっと風邪で声が出ない。
今日の稽古でも歌はほとんど口パクだった。僕は実のところとにかく喉が弱い。訓練出来ていないから、稽古でもすぐに声を潰してしまうし、風邪をひくとすぐに喉に来る。

この土日は先生方のいらっしゃらない稽古

冒頭、振付の石橋先生からのお手紙が読まれた。
先週の出演者からの疑問に答えるためだ。
しかしこの答えが手紙というかたちをとらざるを得ないのが、なんともやるせない。
みんな自分たちの声を直接聞いてほしいし、先生の話を直接聞きたいと思っているのだろう。

カントクは自分がいなくても稽古が出来るように、様々な指示を演出助手や、何人かに残していってくれた。
しかしそのことが逆に、「あの時カントクはこう言っていた」という伝聞的指示だけが絶対的になってしまい、舞台が固定化する。

カントクが稽古の度にいつも仰るのが、「みんな右へならえで一斉に動くな。各々が自分の気持ちで動け。自分自身の尊厳にもとずいて動け」ということだ。
今はまだ僕らは決められた段取りを頭の中で確認しながら動いている。「ここで広がって、ここで前にでて、ここで誰かと目をあわせてうなずく」とか自分の中で決まった手順に従って動いている。舞台の生が伝わって来ない。一人ひとりの「尊厳」が、伝わって来ない。

舞台はナマモノだ。稽古の度に、出演者とスタッフが火花を散らしながら真剣勝負する。
それこそ、各々がそれぞれの「尊厳」をかけて、勝負する。
そうして稽古の度にどんどん生まれ変わっていく。そうあってほしいと思う。

脚本や音楽が同じでも出演者と演出が異なれば、舞台というのは全く別物になる。
商品を作るのではないのだから、各地域で同じ物を量産することは意味が無い。それぞれが唯一無二のものになってほしい。品質にバラツキがあったっていいじゃないか。

来年以降もこのような多地域同時の取り組みをするのなら、せめて演出家は各地域で専任の人を用意してほしい。そのためには脚本が早くに完成していないといけないが。
田中カントクでなくたっていい。おのれの全責任において、この舞台を良いものにするために全力で僕らと向き合ってくれる人がいてほしい。
そうすれば僕らはもっともっと稽古の度に変わってゆける。我々の潜在的な力は、まだまだこんなものではないはずだ。
90人もの人間が、全ての休日をつぶしてこの稽古に来ているのだ。それに応えてくれる人が、いてほしいと切に願うのだ。

-ハロハロ
和光高校体育館での稽古。M1ハロハロ

-星の形見
M2 星の形見

-ソリダリ
宣伝行動用の横断幕が完成した。
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