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男たち

今回の舞台ではラストナンバーで、中央の女性を取り囲んで男性が踊る部分がある。
ラストで男たちが踊るというのは、埼玉から続く憲法ミュージカルの歴史の中でも無かったことらしい。
先日の稽古で振付助手の方からお話があったのだが、今回ここに男の踊りを入れたのは、それなりの意味があるのだとのこと。
この舞台で男性たちの大きな役回りは、殺し、犯す者としての日本兵役だ。
しかしそれは男性の本来の姿ではない。このラストのナンバーで、男性たちを女性と共に生きる本来の姿に回復させる、という希望をこめたそうだ。

男の本来あるべき姿というのはどういうものなのだろうか。「強く、優しく、たくましく、女性を守る」ということなのか。
およそダンスの振付で男の踊りといえば勇猛で力強いものだ。女性の踊りは優しく柔らかい。舞台で人を担ぎ上げたりする力仕事も男の仕事だ。
とすると男はやはり「力」なのだろうか。確かに男の方が筋力はあるわけだし。力が無ければ、女性を守ることも出来ないと、みんなそう思っているかもしれない。

男は自分より弱い女性は「守ってやりたい」と思うが、自分より強い女性は敬遠する。
「守る」ということは、「自分の支配下に置く」ことと紙一重だ。

「女性を守る」ことと「女性を犯し我がモノにする」こと。
女性から見れば正反対のようなこの2つの行為の壁も、男からすればひとつながりのものではなかろうか。

人間は動物ではあるが、動物とは違う。男女平等という近代人が作り出した理念は、確実に普及しつつある。
しかし僕自身の人生という短いスパンの中で、僕はこのジェンダーの壁を乗り越えることが出来るのだろうか。

「守る」ことが「支配する」ことにつながるのは、国と国の関係でも同じだ。
日本はアメリカに「守られている」のか、それとも支配されているのか。
21世紀、世界は「力」によって支配される様相を呈してきた。
「力」と、それから「カネ」だ。
力も金も無い者は、一体どうすればいい?

トマサさんは、力にも金にも屈しなかった人だったのだろう。
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